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フクロウくんのポンコツ的生活
musisasare.exblog.jp
朝方の冷え込み
2007年 01月 16日 |
最近は、日中も0℃前後の日が続いている。
日差しが暖かくて気持ちが良さそうだなぁ・・・なんてうっかり外へ出ると、日向でも冷たい風が体に差し込む。
ブルッと震えて見上げた先には、頑張って先月辺りまで葉っぱをつけていたヤマブキが、茎だけヒョロっと空に伸びていた。





日照時間は、先月の冬至を境に長くなってゆくけれど、地上の寒さはこれからが本番。
太陽の出ている時間の長さと、肌で感じる、又は地上で起こる気象の変化。これには少し時間の遅れが出てくる。
例えば、夏至が過ぎて少しすると夏本番。
春分・秋分だって、その日が過ぎてから僕たちはそれらしい季節を感じ取る。
この変化の時間差が僕達に季節感を与えているのかもしれない。面白い。

目に見えて分かるものって、いつだって大分変化した結果の姿なんだ。変化している途中はなかなか気がつかない。だから、身近な家族よりも少し離れた滅多に会わない親戚のほうが自分の変化をすぐに感じ取ってくれることもある。いつも見ていると気がつかないなんて、逆説的で不思議。

いつの間にか年を取っていたり、かなり体力が落ちてきてから自分の不調に気がついたり(^^;。
それは、人っていつも頑張って生きているからなんだろう・・・って、自分以外の人にはそう思う。
自分の小さな変化なんて気に止める暇もないくらい、毎日が懸命でフルライフだから。

確かに常に自分を見ているんだけれど、自分が毎日考えたり感じたりすることって、自分が一番そうしたいことだけだから、例えば老いに向かってゆくようなこと、死に向かってゆくことなんて、普通は考えない。・・・でも、さっき書いたような、遠い親戚などに指摘されてドキッとすることって、”生きて死んでゆく”という根の張った時間軸の眼差しからのものなんだ。
朝方の冷え込み_e0029553_23295873.jpg


自分よりも人を見ているほうが、大切な部分をよく感じ取れる。
自分ひとりでは、どうしても不完全なのが人間なんだろう。

それでいいや。
by bigbirdman | 2007-01-16 23:30 | 生活の中で |