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フクロウくんのポンコツ的生活
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カテゴリ:独り言( 142 )
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2009年 05月 22日 |
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日が一日ずつ長くなっている。
少し早めに仕事が上がったので、まだ明るいうちに帰宅した縁側で、雑草だらけの庭を見ていた。

何だか穏やかな気分になるなぁって思うと、そういえばいろんな鳥の声が聴こえていた。
家は谷あいに建っているので、この時期いろんな鳥の声が聴こえる・
もちろんメインアクターはウグイスだけど、裏山の斜面には広葉樹が多いこともあって、脇役たちも盛んに声を聴かせてくれる。

キビタキ、オオルリ、トラツグミの声もする。
トラツグミは、夜によく聴く印象があったけれど、そういえば今朝は、盛んに鳴いていたっけ。
トラツグミは、ピーー・・ピーー・・と少し寂しげに鳴くんだけれど、その音階はウグイスのホーホケキョと鳴く、その”ホーー”の部分に似ているような気がするから、もしかしたらその”ホーー”の部分に釣られて鳴いているのかもしれない。鳥はそういう素朴な部分がある。

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夕暮れに、ジャガイモの苗が順調に育っている。
バターを載せてオーブントースターで焼いて食べると、何とも美味しいですよね。
この時期は、命がひしめいている。
お互い何かを引き合って、競争しあって自分を育て上げる。
活気とは、そういうもんだと思う。

突き詰めて考えれば・・・太陽って偉大だ。
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by bigbirdman | 2009-05-22 22:47 | 独り言 |
2009年 05月 12日 |
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使い古して、つまむところが砕けた洗濯バサミ。
こういうものになりたい・・・って、ちょっと思った。
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by bigbirdman | 2009-05-12 23:53 | 独り言 |
2009年 04月 16日 |
完全に春へと移行した。
やぶのヤマブキは、小さな点の蕾から、ほんの半日で花びらが展開する様を見るにつけ、この暖かい空気というものには、何か特別な力があるんだろうなぁ・・・なんて思った。

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サクラは一瞬でその花を散らす。まだ花びらは付いているものの、この1週間で旬は過ぎた。
下のほうの枝から緑の若葉がヒョイヒョイと顔を覗かせているのは、不恰好と言うか、どこかひょうきんにも映る。この一瞬のために、桜並木が町中あちこちに立ち並んでいることは、ある面で刹那的であり、一方では、循環する思想にも通じるような気もする。

思えば、自然を見ると言うことは、上手に恋をする訓練をしているような気持ちなのかも知れない。
それは、自然を見るような気持ちで、人と接することが出来るようになりたい・・・という意味です。

妻帯者があまり使う表現ではないのかも知れないけれど、いろいろな人と関わって生活をしている中で、自分なりに相手を思いやることによって、恋をするような気持ちで人と接することがある。
だけど本当は、自ずと然るべき相手(独立した存在としての相手)に向かって、自分が本当に向けたい眼差しというのは、もちろん恋をする気持ちではなくて(恋でも良いけど!)、季節の草花を見るときのような眼差しなんだと思う。

うまく表現できないけれど、ヤマブキの春の一日を見つめた驚きや、サクラの花に循環する時間の流れを感じるように、僕は人を見ていたいのだろう。そしてそれは、恋をしていることとそれ程違わないような気もする。違うような感じがあるけど、何となくそれ程違わないような気がする。

草木を見ながら、恋の訓練をしているなんて、実際、キザで奇抜な言い回しとも映るけれど、要するに穏やかに裏山の季節の移り変わりを眺めるにつけ、こんな気持ちで多くの人と付き合っていけたら幸せなんだろうなと思ったのです。そして、そういうのが恋だったら、たくさんの人と恋が出来るから楽しいなぁと思ったわけです。

今日のフクロウは春のせいで頭がおかしいようです。
あしからず。
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by bigbirdman | 2009-04-16 23:33 | 独り言 |
2009年 04月 06日 |
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ようやっと暖かくなってきました。
庭の梅の花も散ってしまい、これからクロッカスやら、似たような変な小さいのやらの蕾が膨らんできています。でも、クロッカスの蕾はよく歩くところに生えてきたので、踏み潰してしまいましたが、まあご愛嬌。

みなさんそうだったと思うけど、あの国のせいで、何とも嫌な週末を過ごす羽目になり、うんざりして何もする気がしませんでした。日本は、一国で対処して孤立してしまわないように注意しなくてはいけないとも思う。
・・・なんて、いきなり政治評論家フクロウになっておりますが(^^;。

ここ数日は、春麗らかな日の小鳥たちのさえずりにも、暗い想念で蓋がされてしまったような出来事の前で、明るい自分が出せないでいた。人を騙して自分のことだけを考えていたり、変にずる賢く振舞ってみたりしても、結局は自分で自分を苦しめる。誰でも経験が有る、つい最近も自分自身がしでかしてしまったような、そんな原則のことをぼんやり思い出していた。

許すために、必要な議論がある。でも、人に何かを気付かせるっちゅうのは、善悪の押し付けに繋がるので難しい。そして、どこかの人が幸せであるための定義を、他人が慮ることもまた難しい。

多種多様な見方が一つのコミュニティで共に存在し、驚きやときには明るい憤りなんかを感じながらも成り立っている世の中が好きだ。明るいってことがミソなのね。

強い力で押し出すエネルギーには、反対方向に同じ量のエネルギーが必要とされる。
行過ぎた暴力は、やがて自分に立ち返ってくる。
よこしまな想念は、いずれ空に還すしかないもの。

自分を省みるにつけ思うんだけど、どうして一番簡単なことって困難が伴うんだろう。
自分がされると嫌なことに限って、人に対してやってしまうんだろう。

国家間の出来事も隣人同士の出来事も、僕やあなたでくくってしまえば根っこが同じ問題だから、いつもマイフィールドが教えてくれるように、今を大事に前向きに行きたいと、ブルーな気持ちはあるけれど、結局は強く思った。

・・・だって、みんな淡々と、逞しく生活してるんだもん(笑)。
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by bigbirdman | 2009-04-06 22:30 | 独り言 |
2009年 04月 01日 |
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良い形の半島がコブのように突き出ていて、何気なしに写真を撮っていると、スーっとフェリーが通過した。
何年か前、小さなサッパ船で航路よりも沖まで遠く外洋に出たことがあったので、航路までの距離感は何となく経験しているつもりだったけれど、わずか400ミリの望遠レンズ越しに見えたフェリーは、まるですぐそこを通過しているくらい大きく見えた。

ファインダー越しのフェリーが、海の青さとあいまってどこか懐かしいようで、一瞬だけだけど、今の自分が余生を過ごしているような、あるいは不完全燃焼人生を過ごしているような、「チャー、おりゃぁダメだ~」っていうような自意識に囚われたんだ(^^;。

遠くへ行くということ。
20代の頃とは変わってしまったので、あんまり遠出をすることが好きでなくなってしまい、フェリーも自分で乗ったのは片手で数えるほどしかない。
でも、フェリーに乗るとき、または出航したての時に感じる、あの何とも不安な感覚はよく覚えている。

あのときはまだ何もしていない、どうにもなっていない時期だったから(笑)、どこか穴にでも入ってしまいたいような閉塞感を感じることも無かった。船室の雑魚寝部屋で花札を始めているおっさんたちから、島焼酎を一本貰って嬉しがっていたこともあったっけ。不安の質が、今ともまた違ったものだったんですね。

何となく生活が苦しい。多分誰でもそうであるように、自分に蓋をしてきた部分が、少しずつ何かになりたがっていたり、何かをしたがっている。きちんとそういう自分に向かって行動してきた方と、無性に話がしたくなる。

どこか遠くへ行きたい自分も、一年のサイクルの中では顔を出す。

それも春なのかもしれない。
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by bigbirdman | 2009-04-01 22:52 | 独り言 |
2009年 03月 12日 |
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春の兆しに、赤い新芽が出ているよ。アジサイは梅雨時に大きな花を咲かせるんだよ。

風化した骨のような、真っ白く枯れた枝なのにねぇ。

サクラもバラもイタドリも、若葉はみんな赤い色。人間も生まれたては赤い色。

そういうのも、面白いねぇ。
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by bigbirdman | 2009-03-12 23:11 | 独り言 |
2009年 03月 12日 |
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いつか消えて無くなる日まで お前もおれも生きている
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by bigbirdman | 2009-03-12 22:51 | 独り言 |
2009年 03月 03日 |
春先の土には、暖かな温度を感じる。
十分水気を含んだ真っ黒な土から、春が来て青々とした新芽が出てくると、そのコントラストが相まって写るから、”生きもののベースは、やっぱし土だな!”という気持ちが湧いてくる。

季節はまだ冬なんだろうけど、水をうっすらと張った田んぼを見ると、これから日一日と春になってゆくんだなぁ・・・って思う。

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昨日マイフィールドで、地面に鼻を近づけて、匂いをかいでみたけれど、特に春らしい匂いは感じなかった。
まだ気温が低いから野外では嗅覚が働いてないみたい。

春を感じるには、そうなんだ。自分の感覚センサーもきちんと働くようにならないとダメなわけで、そのためには、もう少し気温が暖かくなってこないといけない。
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by bigbirdman | 2009-03-03 02:22 | 独り言 |
2009年 02月 27日 |
最近のスーパーでは、海藻類のフノリやマツモが多く売られている。
職場の同僚で実家が漁師をしているお宅では、お裾分けでご相伴に預かったりもする。

今日立ち寄った道の駅でも一パック180円で売られていたので、週末に盛岡の親戚たちにあげようと思い立ち、多めに購入した。旬のものだから、安くても結構喜ばれるんですよね。道の駅に魚介類というのも面白い。

最近は道路工事が多くて、国道で交差待ちしているときに、何気なく脇を見るとクマザサが生えていた。
クマザサも岩手沿岸南部まで下がってくると、多く見られるようになる。あとは、竹林もそう。
僕の中ではクマザサと竹林が生えている場所は、暖かい地域というイメージがある。

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ブログにもよく出場していただいてる隣りのおばちゃん(といってももう75歳を過ぎているけど)は、民間療法にも詳しくておばあちゃんの知恵袋なんだ。一昨年、おじちゃんが膀胱がんで亡くなったんだけど、そのときにこのクマザサをどこかから取ってきて、利尿作用があるからと言って、毎日煎じて飲ませていた。そういう知識に長けているから、他にもいくつかやっていたんじゃないかと思っているんだけど、おじちゃんはQOLも高い状態で、あまり痛がらずに入院することなく亡くなった。
・・・と、おばちゃんとお茶のみしているときに、そんなことを聞いた。

ひとつのことに長じてくると、他の性質の問題でも、その根っこの部分で繋がって、知らないことでもそれほど間違えることなく、イメージを持つことが出来るようになるんだと思った。

ひとつのことをずっと学び続けることが、全体を理解することへ繋がってゆくのが面白い。
そもそも好きなことを学び続けること自体面白いことだから、要するに、面白いことが面白いことに繋がっているんだろう。

毎日の生活は、そんなに良いことばかりではないけど、ひとつのことをプチプチと続けていくことは、それほど詰まらないことでは無いとも、思う。
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by bigbirdman | 2009-02-27 01:29 | 独り言 |
2009年 02月 19日 |
静かな里山風景に風が吹いている、それ以外の音がない世界だった。
枯れ枝一本一本が春を待っている。
目をつぶって、自意識を風景にやつすようにすると、枝一本の気分が分かるような気がした。

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世間では、千の風の歌が流行ってから、法事や葬儀にこだわらない人たちが増えてきて、墓石屋さんや仏具産業の景気が落ち込むと言う社会現象が起こっていると、何かのニュースで読んだ。
でも、こんな風景を見れば、自分が死んだらお墓の中に入っているなんてあり得ないと自然に思う。



死ぬときって、意識がどうなるんだろう。
言葉は限界があるから、感覚でイメージするんだけど、やっぱりよく分からない。
でも、自分っていう意識が自分の体から乖離しても、心地よいものを求めている自分の本質は何も変わらないような気がする。。

ゲラゲラ笑いながらカクッと死ぬんじゃないかな・・・なんて、自分の願望を想像に載せている。


生きているって、こだわりの所作だから、自分が今大切に思っていることに全力で向かっていたい。
自分のこだわりが無くなって、途方にくれるときまで。

鳥を通じて、これからもたくさんの素敵な人たちと知り合えること。いつか美味しいコーヒー屋をやってみたいこと。大切な家族が一緒にいてくれること。そうやって、エッチラオッチラみんなで暮らしているこの世界が、本当は素晴らしいものであると思いたい。
・・・そう思える強さがほしい。
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by bigbirdman | 2009-02-19 23:30 | 独り言 |