フクロウくんのポンコツ的生活
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2006年 03月 31日 |
今日は歯切れが悪いんです。
藪から棒ですが・・・。

毎度ながらの、ごく私的な独白です。
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by bigbirdman | 2006-03-31 01:12 | ダメネタ |
2006年 03月 30日 |
朝、出勤する途上にサンマの味りん干しを作っている小さな工場(こうば)がある。
漁村のお母さん達がパートで働いている工場だ。
中で人が暖をとるために、使用済みの木箱を燃料にして薪ストーブを燃やしている。
道路側に突き出したブリキの華奢な煙突から、毎朝スーっと煙が棚引いている。
煙いことは煙いんだけれど、その匂いが何だか懐かしい。
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僕が小学生の頃、東京にいたとき、親子で旋盤工をやっていた隣の家では、夕御飯をカマドで炊いていた。小さい庭の隅っこの方、そこの家のお母さんがしゃがんで小さくなって、団扇でパタパタやっているのを、僕はよくアパートの2階窓から眺めていた。
カマドって書いたけど、実際は一斗缶の蓋と底を切り取って脇に空気穴を穿っただけの簡単なものだった。それに古新聞を小さくギュッとひねったのを燃料として火にくべて、ご飯を炊いていた。
当時はガキのことだから、「何だか変わった事しているね」と思っていただけでそれ以上、何も考えたりはしなかった。でも今思えば、戦前から東京に住んでいた人たちって、清貧っていうか、結構慎ましやかな暮らしをしていたように記憶している。
そういうのが当たり前だったのかもしれない。
今じゃシンプルライフなんて表現する暮らしも、(あのカマドがシンプルライフかどうかは不明だけど)みんながそうやってりゃこんな言葉は出てこない、当たり前だけど。。

家電製品が普及してヒト段落した頃。昭和50年代だったけど、僕の育った町はどことなく古ぼけていた。多分今でもそうだと思うけど、ほとんどの生活圏としての東京には、変に作られていないっていう意味で、町に顔が無かった。あんまりプライバシーとかで騒ぐ人もいなかったから垣根も低くて、素朴で淡々としたみんなの生活の集合体が、結果的な町の個性だった。
・・・こういうのは個性って言わないのかな(^^;。
分かりやすくて古臭い、ごく当たり前の東京。僕が好きな東京。

話は戻って、今住んでいるこの町で、岸壁沿いに点在している何軒かのこういった小さい工場は、その東京の独特の臭気のあるような何だか古ぼけた懐かしい記憶と重なる。煙の匂いがおんなじだ。そしてこの町も、ちょっとずつ古くなって、ちょっとずつ新しくなっていく。

町と人って、よく似ている。
今の自分と過去の自分。煙で繋がるしょぼい記憶。
錆びれポンコツ愛好家としては、書かなくてはいられないのでした。
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by bigbirdman | 2006-03-30 08:34 | 独り言 |
2006年 03月 29日 |
空は雪の水蒸気に霞んで
その分 土がくっきりと映えるんだけど
アスファルトや砂利の上にうっかり根付いた悲しき種子に
こんなにも春を感じるのは何でなんだろう・・・
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空霞み 花おぼろげに 匂うれば
この世の春の 侘びしくもがな

これも春なのねと ひとりごちて
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2006年 03月 24日 |
今朝早起きして風呂に入っていたら、窓から声が聞こえた。

ホーホーホー・・・ケキョ

キョキョキョ・・・キョキョ・・・

タイトルの通り、ウグイスだった。

このケキョケキョ・・・・の部分は、山で聞くと谷に響き渡るくらい良く通る声なので、「ウグイスの谷渡り」って言われている(はず)。

春先のウグイスは、まだ谷渡りが響かない。
でも、僕が住んでいる町内会は山の斜面を切り開いた土地なので、びっくりするぐらい声が響く。天然のカラオケハウスだ。
おまけにびっくりするくらい、いろんな鳥の鳴き声が聞けて、毎年新しい発見があって驚いている。

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フクロウさんちは、この写真の真ん中辺りにごちゃっと家が固まっているどれかです(^^;。
自分でも分からないのです。

ほんとに山の中でしょう。
この斜面の尾根の向こうは、五葉山山系の山脈がずーーーーっと広がっているのです。
だから近所の家の庭を、カモシカが歩いていたりします。
ちなみにそのカモシカは、礼儀正しいお方のようで、開いている門をきちんと通ってその人のうちの庭に入ってくるそうです。っていうか、僕が見てしまったのでした。
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2006年 03月 24日 |
薫風だ。

カゼ カオル。

アタタカイ カゼ。

体の熱エネルギーが逆転するんだぞ。
風からエネルギーを貰う季節へと。

そしてまた、動き出す。
薫風にピュンと吹かれて。

薫風に。

薫風に。

風、薫る。
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2006年 03月 22日 |
唐突ですが、食事への関心の特徴。。
1、なんだか嬉しい。
2、分かったことを、皆と共有したくなる。
3、先生になった気がする。

知識への欲求が貪欲になって、自然と共有したくなる。
その衝動が、食文化を作り出してきたのかもしれない。

古来、どんな民族にも、メディスンマンという存在がいたこと。その人は、自然の樹木や植物から薬を煎じて作り出すことができた。そして日本人には、食即ち薬という歴史がある。薬膳。

一方、呪術的な要素を持ったメディスンマン(祈祷師)の存在は、呪術と言う言葉のイメージから原始的な社会と思われがちだが、現実はアマゾンのメディスンマンの知識を、アメリカとかの製薬会社が買い漁ることで、新薬を製造して販売しているって聞いたことがある。そのために自然が破壊されている側面だってあるだろう。

そのときの製薬会社ブローカーとアマゾンのメディスンマンのやり取りが奮っている。
(何かの小冊子で読んだものの覚え書きです。)

製「あなたのその薬学知識を、わが社で購入したいのですが・・・。」

メ「代々自然から教わった私たちの知識を、私があなたに売ることは出来ない(本来、ただで伝えるべきもの)。」


こうして、ただで得た知識の結果生まれた薬品を、一部の資本が流通ルートに乗せて利益を(ある意味)むさぼっている実態があるらしい。
まあ、すべてのメディスンマンがこういう由緒正しい素晴らしい人ではないとは思うけど。

農耕の歴史とともに、蓄財の観念が発達してきたとは良く聞くこと。農耕社会とは、語弊を恐れずに考えれば、耕作面積と人口増の正比例の関係性から、自然を破壊しながら生活する社会。資本社会がそれと同じ性格を持つことは、容易にうなづける。

だけど、メディスンマンのこの言葉から僕が思ったこと。それは、アマゾンの例を出すまでも無く、農耕社会云々よりも、単に自分が持っているものを伝えきるということは、根本的に相手を信頼しているからできることなのかなとも感じた。愛情だ。あとは素朴さも感じた。

もし経済社会が農耕から始まったとしても、あるものを皆と共有する人間性は、もっと昔から僕達の根の部分にずっとあり続けているんだ。

ところで、眼に見えない作物の生育ベルトみたいなものが地球にはあって、ある一定の平均気温を維持している地球のエリアのことを指している。要は、年間平均気温が10数度以下になると作物は育たなくなってしまうらしい。人類の歴史が始まってからも、そのベルトの面積が超少ない時代が幾度かあったという。
その時代は、食べ物をとれない地域の人々が食べ物欲しさに戦争をした、悲惨な歴史。
地球は、温暖期と寒冷期を繰り返している。これから訪れるのは、温暖化を考慮するよりも少し長い時間軸で見ると寒冷化の時代なのだそう。
短い温暖化のあとに、寒冷期が始まる。だから実は、地球温暖化よりも氷河期のことを考えなきゃいけないっていう学者さんもいる。

温暖化を軽視するわけではないけれど、多分、食糧難の方が根は深い。

今をよりよく生きることを主眼に置くならば、本来どう生きるかなんて人間よりも動物の方が良く分かっているのかな。

メディスンマンが語った素朴な気持ちが素直に広がってゆくような世界になることが、科学主体の世の中では、意外と意外な地球環境問題の対処法なのかも知れないと思った。

でも、今は不景気だから難しいかなぁ。
まずは、今年は畑をやったりして食料自給率を上げなくては。(そして、我が家のエンゲル係数を下げるのだ!春は何だか食い気が増します(^^;。)
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2006年 03月 22日 |
音楽家が癒しと言うわけではないけど、坂本龍一の音楽が好きで、ずっと聴いている。
全く音楽には詳しくないので、自分の所感しか表現できない。
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坂本さんの音って、なんだか懐かしい。
昔の音作りは、コンピューターで一つ一つ音を組み合わせて、全体のメロディーを作り上げている。一つの音が次の音と組み合わさる時に、人が作るゆえのあいまいな言ってみれば不協和音がポッと現れる。でも全体としてみると一つのメロディーとしてすごく心地よい形で収まる。

彼の得意とする(と僕が思っている、もしくは僕が大好きな)パターンは、一つの特徴的な旋律を何回も何回も繰り返しながら、次第に盛り上げてゆくパターン。「戦場のメリークリスマス」とか「ラストエンペラー」、ちょっとマイナーなものだと、昔NHKの土曜ソリトンという番組でかかっていたゼンマイの巻き上げ音が特徴的な「Ballet Mecanique」という曲もそう。
一つの旋律を繰り返してゆくことは、自分の思い出の中で、一つ一つにシャッターを切ってゆくイメージを感じさせる。自分の時間っていうものをいい意味で、甘く耽美的に演出してくれる。

ちょっと前に、ディープフォレストという外国のユニット音楽が好きで聴いていた時期があった。
この人たちの音楽も、どことなく、でもすごく懐かしい気持ちがする。

自分が感じたいものを探して、気に入ったものを自分の内的な世界に取り入れる。
その中で、この懐かしい感じって言うのは、僕の中ではけっこう優先順序が先の方だ。

もし一人旅に出て、何でもいいから音楽テープを一本だけ持ってゆくとしたら何がいい?

僕は、少し迷って坂本龍一って言うと思う。
で、迷うもう一本は中島美幸。

この二人の間に、自分の個性が広がっているような気がする。

生きることとか、死ぬこととかのある意味深遠な不思議の世界。
それを大らかに包みきってしまう、日常の何気ない生活。あるいは、生死を忘れるほど激しく燃え上がる情念の世界(まったく縁が無いですが)。

坂本龍一は、懐かしさに通じる。
この音楽を聴いていると、自分にはもう一つの内的な自分の世界があることを思い出させてくれる。ここではないどこかに、自分の精神が繋がっているような、上手く言えない、癒されるようないい気分になる。

どうして、音だけでこんなにもイメージが広がるんだろう。
ほとんど歌詞も無いのに、自分のいろんな感情を引き出して、自分でも忘れていたような記憶の中の風景をサラサラサラ・・・・って呼び起こして。
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by bigbirdman | 2006-03-22 01:41 | 独り言 |
2006年 03月 21日 |
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昨日からずっと強風が続いている。
夜は特に音が大きく聴こえるから、凄かった。

風がゴーゴー鳴って、まるで台風の雨が無いバージョンだった。
安定した大気は、地面の方が寒くって上空が暖かいこと。
暖かい空気は上へと上っていくから、日中は、大気が不安定になる。
地表の雪が融けて春になると、地表面がグングン温まるから、大気が不安定になる。

昨日の風の音は、恐怖だった。
家がミシミシ音を出した。
今朝、庭の植木が全部ひっくり返っていた。

さもありなん。
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2006年 03月 20日 |
このブログには、公開をしないでいる記事が10個以上ある。
これらは、僕の内面的な発酵を待って、恐らく表現する言葉を変えながら表に出ることを待っている。
あまりにも個人的過ぎることは、言葉を変えて普遍的になるように表現する。
普遍的って難しいけど(^^;。

自分の個人的な思いいれは、そのまま伝えることは本当に難しい。
旨く伝えることだけを考えれば、皆に伝わるように奇麗ごとに収まるようなことは、どこかでリアリティを欠いて本質からずれてしまうから。

自分がどうしてこのことを伝えたいのか。
自分に足りないものは、何だったのか。

それを長い目で表現することが許されるのが、ブログという形態なのかもしれない。
でも突き詰めれば、今日あった出来事を、そのまま表現するのではなく、文章と言う形で、日々の移ろいや迷いを、ただ赤裸々にすることでもない。
難しい。

でも面白い。

この僕が今、伝えきれないことの中には、多分僕という生きる主体がこれから経験してゆくことや、今日あったことがどういう形で熟成してゆくかということを表現してゆく、これからのこのブログの中で、読んでもらう方々の人生のある琴線に触れ、ある禁忌に触れることもあるのかもしれない。

この公開できないでいる過去ログの中には、紛れも無く僕の一つの要素が含まれている。
僕が大切に思い続けているもの。それを公開することで、自分が壊れてしまうのではないかと恐れている事柄だってある。

でも僕ごときのことだけではなく、みんなそういう事柄を抱きながら生きている。
この点では、素直に自分を表現するだけの難しさ、、お世辞にも拙い拙い自分の人生の中で、本当に自分が人々に表現して尚且つ一緒にがんばって行けるかなって、そう思える事柄をチョイスしてブログの記事を書いている。(そこら辺で大胆になれるのはあと少し時間が掛かる)

上手くいえないけれど、この世界の中の自分を、自分の理想の自分に近づけるために、頑張って自分を表現していることがある。
一緒にハッピーを目指して行きたい。
ゴールなんて人それぞれなんだから、このプロセスをただ僕個人の内面に留めるだけではなく、見てくれた人たちの考えるくさびの少しにでもなればと思っている。
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by bigbirdman | 2006-03-20 22:36 | 独り言 |
2006年 03月 19日 |
盛岡へ行く途中、遠野市の風景。

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雪がすっかり融けてきた。写真の黒っぽい土は畑を耕したあとなんだろう。
地慣らしをしているのかな。
この時期(もう少し前かな)に、一度畑の土をひっくり返しておくことで、畑の中にいる悪い虫が寒さでやられるから、本格的に春になって、苗や種の作付けをしたときに、作物の成長が順調に進みとてもいいんだそう。
うーーん、深い(^^)!農業って、聞けば聞くほど、無駄が無くて感動する。

悪い虫にはかわいそうだけど、いつでも悪い虫とはそういう運命なんだ。
何の脈絡も無いけど(^^;。

宮澤賢治は土壌学の勉強をしていた。
今の世界で、農業の大切さは、賢治先生の時代よりももっと大きくなっている。

農的な感性や生活の知恵が、僕の周りの世界にはまだまだ溢れている。
興味を持って見聞きすることで、教えてもらえることがたくさんある。

今年の田んぼや畑が、みんな上手くいきますように!
頑張れ 日本農業!





賢治先生も、空から応援しているんだから!
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(WBC 日本が勝って、今日は何だか日本男児だぜ!)

追記
遠野市猿が石川
1枚目の写真に関連した過去記事。2月に書いたブログです。このときは、まだ雪もあった。
今回は、ハクチョウが数羽の家族単位で飛来していたようで、車で通過する数十分間の間に合計で20羽くらいのハクチョウを見ることが出来ました(^^)。これからの北帰行へ向けて、こういう場所で栄養補給をしているようです。
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