フクロウくんのポンコツ的生活
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2006年 08月 31日 |
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今年の市民写真展に出そうと思っている写真。
僕はこういう少し暗い色調で、細部に陰影がある写真が好きだ。
今回で4回目の参加になるけど、1回目のときも構図的にはほとんどこれと同じ写真だった。それだけ思い入れがある(いや、単に好きなだけか・・)そういう構図。
これは、8月頭に無人島で調査したときに撮った写真。。

「今年は、たくさん出してね」って、代表の人に言われちゃったから、あと何点か選ばないといけない。でも、ブログをはじめてからしょっちゅう写真を取るようになったから大丈夫。

毎年、展示の準備が整ったあとにオープニングパーティーをするんだけど、そのときに自分の写真の説明をしなくてはならない。
これがすごく苦手で、緊張して嫌なものだ。
だって、何となくいいなぁって思ったから撮ってるだけなので、きちんと説明なんて出来ないっす(汗)。
じつは、それが嫌で嫌で昨年は参加を見合わせたのです(爆)!!

あ~、困ったなぁ。ブログで活字に表現するようには、言葉なんて出てこない。
人もいっぱいいるし。。
写真はいっぱいあるのに、説明のことを考えると憂鬱になってくる。。

前回も「えー、あー、この写真は、緑がきれいだから撮りましたぁ。」
なんて、いまどきの小学生でももっと上手に言うだろうに・・・って感じだったし。。

”一枚の写真で、すべてを表現しているような写真を撮りたくて、この写真を撮りました!”
って、どうかな?

でも、調子に乗ってそんなことを言うと、
「で、どの辺がすべてを表現しているの?」
なんて聞かれて、
「うー、あー・・。」
とかって唸るんだ、きっと。。

やっぱり正直に行こう。

「この写真は、どういう写真ですか?」
「この写真はですね、地面の上に葉っぱが落ちている写真です!!」

別にいいじゃん、それで・・・。
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by bigbirdman | 2006-08-31 22:22 | 独り言 |
2006年 08月 31日 |
海や川をずっと見ていると、夏の水と冬の水は違うことが分かる。
夏の水はさらさら流れる。そして、冬の水は心なしかドンヨリしていて、粘り気があるんだ。
多分、水温の違いが関係あると思う。

聞きなれない表現かもしれないけど、”風の渦の大きさ”も冬のほうが小さい。
冬は気温が低いから、大気の乱流の熱膨張が少ない。つまり、冬は雲が低いんだ。
入道雲を夏によく見かけるのは、暖かい空気が熱膨張でどんどん高く発達するから。冬は寒くて熱エネルギーが足りないから、空が低すぎて夏みたいに大きくなれない。
冬の風は、狭い空間の中で渦を小さくすることで、その分スピードを上げて、ピュンピュン走り回る。北風小僧のカンタローだ。

水面は、その時々の風の渦を写し出す。
分解された風である小さな渦が、目一杯の速さで水面を駆け抜けてゆくとき、渦に少し遅れて飛沫が上がる。その渦が小さければ小さいほど、何度も何度も手で水面を叩きつけるような衝撃がそこに走る。そんな、水面が小刻みに震えているような風景も、冬によく見かけるんだ。

でも、一番大きな影響は、主観的なもの(笑)。
そうじゃないかって思い込むことで、それはそれ以外に説明がつかなくなっちゃう。
頭でっかちな現代症候群だ!
だから、その先にあるものに耳を澄まさないと。

こういう地球のサイクルと僕たちのココロは、きっと互いに影響を与えあっている。
連動してるんだ。

ここ数日の海・川・空
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2006年 08月 30日 |
僕の親友で、就農希望の男がいる。

昨日の夜、久しぶりに電話が掛かってきた。
「フクロウ、元気?」
「いや、お前ほど元気じゃないよ(^^;。」

彼は、昨年くらいまでアフリカで開発援助のボランティアをやっていた。
その滞在期間中に、かなりの回数のマラリアに罹ったらしく帰国後もずっと調子が出なかったらしい。
「今回は、治るのが遅くって自分でもビックリしているよ。」
そりゃそうだろ。と言いたかった。
体が思うように動かなくなって、何となく身の回りが見えるようになってきたとも言っていた。
彼は、昨年帰ってきた際に沖縄か奄美で就農したい旨をこぼしていたんだけど、体が本調子じゃなくなって、違う道を模索し始めたようだ。

「次はね、農業支援関係のNGOのボランティアスタッフをする。9月の初めから四国に行くんだ。」
「また、ボランティア!?」
「(身分が)ステップアップするから、何とかなるんじゃないかなぁ。」

また同じ農業支援系ボランティアだけど、今度は四国で、外国から研修生を受け入れる専門の施設のスタッフなんだ。そういう仕事だったら、海外で通算2年くらい(かな?)やってきてるし、英語も話せるからきっと役に立ってくれると思う。所在も国内だから、変なことに巻き込まれる心配も、まず無いだろう。ただ、収入が幾ばくかは分からないけれど、健康保険にはちゃんと入るように伝えた。まあ、両親も健在だし、僕より数段しっかりしているからあんまり心配することもないけど。

彼をひきつけている農業という世界が、僕ごときが憧れで頭の中ばっかりで膨らませている妄想の世界とは違う次元なことは、重々承知している。彼の生き様がその証拠だ。

彼に対しては、上っ面の心理分析は通用しない(笑)。
だって、実践の人だから。僕はそんな彼が大好きだ。

奴のこと
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2006年 08月 29日 |
港が好きだ。
でも、何にも無い殺風景な港は、まあやっぱり退屈だ。
退屈と言えば、この辺りの海は、風景が似ている。
三陸海岸は、大雑把に言ってどこも同じような地形だから。
(ホントに好きなの?って、言われそうですが。。)
潮の匂い。
薄汚れた堤防の壁や防波堤のテトラポット。
うっかり手を突いて、壁をよじ登ろうとすると、鳥のウンコがあったりする。
漁師のおっちゃんは、海に向かって立ち小便しているし、沖の漁師はタバコをポイ捨てしたり、ビニールもポイポイ捨てちゃう。

・・・でもね。そういうのを全部ひっくるめて、「今」なんだよね。
別にポイ捨てを容認する気は全然無いけど、何だかその瞬間瞬間がホントなんだろうな、、と思う。
例えが悪いから、いまいち自分でもピンと来てませんが、殺風景だったり、だらしなかったり、脱力系であることが、気楽な気持ちにさせてくれるんだ。
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僕のデッサンは、細かい線が狂ってる。
ディテールにリアルを描ききれない飽きっぽさが、どうしても出る。
こんな感じだろっ!って、見てもいないのに平気で空想上の景色が綯交ぜになる。
一発コッキリのアカペラとかライブ感覚が好きなのね(嘘)。
夕方になって、お酒が飲みたくなってくると、余計そう(ホント)。

でも、そういう自分でも仕方が無いと思っている。
だって、どうしようもないから。

思えば、僕の父親の絵もそうだった。
下手糞なくせに油絵なんか描いちゃって、ある意味かっこいい父親だった。
目の前の現実を見ながら、空想上の風景を平気で描いている。
細かいところを見るまでもなく、そんな絵だ。
しっかり僕に引き継がれている。
どうしようもない。

よめさんは、僕の絵を上手いと褒めてくれる。
できた人だ。
よめさんの絵は、僕と似たり寄ったりだけど、空想上で描いている部分に、照れや正直さが見て取れる。
・・・だから、僕より数段マシだ(笑)。

自分があからさまになるのが嫌なので、何となく同じ対象を描かないことにしている。
下手でも自分らしく、少しずつでも上手になってゆけば良いかなと思っている。

よめさんのウミネコ
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by bigbirdman | 2006-08-29 20:58 | 独り言 |
2006年 08月 28日 |
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人が出会うということは、膨大な過去の記憶を伝え合うこと。
言葉にしたり、表情で伝えたりして、
今の自分がどうしてここにいるのかを伝え合うこと。

だけど、ポツンと地球の上でたたずんでいる。
このことは、いつも近くに感じていたい。
わすれてはいけないことのような気がするから。

一人の寂しさを知っているから、喜びが沸いてくる。優しくもなれる。
上昇志向な考え方より、円を描く価値観を持っていたい。

何かにぶつかったときは、寂しさの場所に帰ってくればいい。
見せ掛けの幸せじゃなく、静かなココロの幸せに。

月が早く昇る季節は、たくさん寝ても寝たりない。

虫の音の季節。
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by bigbirdman | 2006-08-28 22:31 | 独り言 |
2006年 08月 28日 |
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この週末は、秋の気配を感じさせる青空。そして、夏の照りが残っている強い日差しだった。
今日は、江刺市の海寄りに位置する種山高原に行ってきた。
いい感じの雲と抜けるような青空でしょ!

More
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by bigbirdman | 2006-08-28 01:29 | 小旅行 |
2006年 08月 26日 |
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檀家さんが書いたのかな。
ホッとする。
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2006年 08月 25日 |
この間飲みに行った集まりで、久しぶりに会った山の先輩から、歴史に埋もれつつある情報を教えてもらった。
岩手県沿岸南部にある五葉山の林野の一角が、かつて天然記念物に指定されそうになった時代があったんだそう。

「僕は、このことをどうしても後世に伝えたいんだ。」
「この運動を指導してくれた先生は、たくさん論文を書いているんだ。そして、道半ばにして亡くなったんだよ。」

この先輩はもう70歳近い方なんだけど、酔いも手伝って普段より熱っぽく僕に語ってくれた。山に人生をかけた人。

今日、封書が届いた。
くだんの飲み会に同席していたその先輩の親友から、ワープロ文字で書かれた手紙とともに、今は人目に触れずにずっと保管されたままだった、天然記念物指定を目指していた頃に書かれた(と思う)英語の論文が入っていた。
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自然保護活動は、他の多くの例に漏れず、日本の国民性も手伝って、一過性のムーブメントで終わってしまうことがよくある。ここで、最後まで地道に活動を続けてゆくのは、結局は地元の住民なんだ。

「私たちは、英語が翻訳できません。フクロウくんにお願いします。できたら内容を伝えてください。」

・・・(^^)。
・・・(`л´;)。
フクロウくんは、英語ができませんが・・・(’’;)?

酒の席では、僕は特にそういうこと了解した覚えは無かったんだけど、32歳でも一番若かったから、どうやらそういう役目になっちゃったようです。先輩たちの間で。

”酒の席では、変な業を背負うことが多いものだ・・・”

・・・実は昔、同じような経験をした。そのときは、鳥の分類関係の文献だったけど、やっぱり和訳を頼まれたことがあるのです。まだ若かったし、他に遊びたいことがあったから、もちろん笑ってブッチした(^^;。第一いくら現役の学生だったとはいえ、酔いどれバカ学生にそんな学力はありましぇん(泣)。

なんて自慢にすらならない過去のアホ記憶をさらしておりますが、実は、今回はちょっと頑張ってみようと思っていまする。

なにがあったと言うんだ!オレ!?
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2006年 08月 23日 |
キチローさんは、御年80歳のおじいちゃん。
息子夫婦と孫4人の大家族で暮らしている。奥さんは、お亡くなりになった。
この田んぼは、キチローさんが定年退職後に本格的に取り組んでいる、無化学肥料・無農薬土壌なんだ。キチローさんとは、5年前にこの地域の集落イベントで知り合った。
キチローさんの田んぼは、面積比でお米の収量が少ない。これは、化学肥料をやらないからどうしてもそうなってしまう。

「孫たちになぁんにも残せないけど、農薬ばっかりの土地が多いから、無農薬の田んぼを残してやりたいんですよ・・・。」
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朴訥と語る、昔のインテリっぽい、でも深く暖かい人柄。
僕は、いたく感じ入ったのを今でも覚えている。

この辺りの田んぼは、ほとんどが自家消費のために耕作される。今の日本は、兼業農家が多いから、小規模な耕作面積で、土地を悪くしないようにと、自家消費分だけ耕作するケースは多い。田んぼは毎年耕作しないとすぐに駄目になっちゃうから。
そして、例えば隣のうちで虫が出ないように農薬を使うと、自分の田んぼでもやっぱり農薬を使わなくちゃ済まなくなる。もし自分の田んぼが虫の発生源になったりすると申し訳ないから。日本的だ。
キチローさんの田んぼは、河川と国道に挟まれた一角。周囲の田んぼは、耕作放棄されているので(それでも土地を悪化させないために畑として豆類を撒いている)、隣近所の田んぼを気にする必要がそれほどなくて、そういう意味では、幸いしている。

外勤の途中や、遊びに行くときにこの田んぼの脇を通りすがると、キチローさんが麦藁帽子に半そでの下着で田んぼ仕事をしていることがある。
僕は車を止めて話しかけたい衝動に駆られながらも、何となくそれができないでいる。
ただ、今年も無事に田んぼが上手く行きますようにと、ココロの中で手を合わせている。

凛としたキチローさんの表情(老け役の木梨ノリさんに似ている)。

淡々と仕事をしている、働き者のおじいちゃん。

宮澤賢治は、詩「生徒諸君に寄せる」でこう書いている。
『衝動のようにさえ行われるすべての農業労働を 冷たく透明な解析によって その藍色の影と一緒に舞踏の範囲に高めよ』

夕暮れの農業労働、その姿のシルエットとしての藍色の影(かな)。
僕は、キチローさんの働く姿を、そして多分多くの農業従事者の方々の働く姿を、美しいと感じる。冷たく透明な解析は専門家の人に任せるけれど、熱くて情熱的な共感によって、舞踏の領域を感じる。

農学部の大学生の頃、僕がはじめて「寄り合い」に参加したのは、有機農業従事者の集まりだった。お寺の座敷を借りての寄り合いで、グループで畑をやっていたけど、ただの学生だった僕は、お茶をすすりながらみんなの話を聞いていた。
でもそのうちだんだん熱くなってきて、終わったときには虚脱していた(笑)。
農業には、本質的に僕たちに必要な何かがある。
その直感だけで、未だにそこから先へは一歩も進んでいないけど。

ただの田んぼ一つに、そういう意味が込められている。
これはキチローさんに教えてもらったこと。
経済感覚だけでは何も見えてこない。
目の前のこととの繋がりをしっかり見つめていないと、自分の生き方がぶれてくる。
憧ればっかりで、やりたいことがいっぱいある僕にとって、今、自分がやっていることがココロの中では、キチローさんの田んぼにもリンクしているって、分かっていることがすごく大切なんだ。

キチローさんは、きっと田んぼで踊っているんだ。変な表現だけど。
宮沢賢治の舞踏の領域とは、僕にとっては、そういう意味だ。
今の自分にできること、それに満足をしてただ働くこと。
きっとそのときその人って、踊っているんだと思う。
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2006年 08月 20日 |
やっと海で泳いだ。
これを夏の時期にしておかないと、秋になってどうしても泳ぎたくなったり、翌年の初夏のまだ少し早い時期に無性に泳ぎたくて仕方がなくなるんだ。

でも、今年はこの1回で終わりそう。
少し寂しい。

お盆を過ぎると、この辺の風習か、海に盆殻(ぼんから:お盆で使ったあとの飾りやお菓子の袋等)でいーっぱいになっちゃって、泳いでいてもあまり気持ちのいいものではない。

今日の水温は、暖かかった。
本来ならば、ちょっと沖のほうまで泳いでも良さそうだったんだけど、それが年々億劫になってゆく(年のせい)。僕のカヌーが古~い組み立て式だから、壊れないようにそーっとやると、優に1時間はかかる代物なので、そこまでで疲れてしまうのも一因か。1時間掛けて組み立てて、遊ぶのは、よめさんと二人で1時間くらい(^^;。割に合わないんだよな~。
しかも乗る際に3回も海に落ちた。

もう、磯遊びは潮時じゃのう・・・ゴホゴホ。
元気だしなよ、ハイおかゆだよ。
すまないねぇ・・・。
それは言わない約束でしょ(笑)!

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こういう写真を撮って、遊んだ雰囲気を満喫するだけで満足してしまう自分です。

でもね、毎年やっぱり泳がないと。
・・・理由は特に無いんだけど。
ま、歳時記のようなものでしょう!
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