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フクロウくんのポンコツ的生活
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2007年 05月 31日 |
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生まれた命は生きるために糸を張る ココロと体はいつも季節と連動してる

流れを掴め 風を掴め 5月の薫りとリズムを感じて

                
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2007年 05月 31日 |
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by bigbirdman | 2007-05-31 23:31 | 独り言 |
2007年 05月 31日 |
この間、先輩にもらったカレイは、タバコガレイとヒガレイというものだったそうだ。
カレイは見た目ほとんど変わらないから、どこが違うのか教えてもらったら、口と目の位置が微妙に違うんだそうです。

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・・・・(--;。

ま、よく分からないことは、忘れることにして、昨日の夜は一夜干しにしたカレイを唐揚げにしてもらった。一夜干しにすると、うまみがギュッと濃縮されたみたいで、身の味がすごく強くなった。
干すパワーって、スゴイ!

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タバコガレイの唐揚げ
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2007年 05月 29日 |
朝、道行く人たちは、普通に歩いていた。

仕事の人、学校に行く人。

「普通に生活している」ということは、一体誰から見てそう思うのか。

普通の生活の普通って、何なんだろう。

人は生まれて、学校で勉強して大人になって働く。

当たり前の生活は、共通の土壌で営まれている。

日常生活は、祈りに似ている。日々のことを通じて、祈っている。

食事を作ること。物を作ること。人と会うこと。話をすること。泣くこと。怒ること。笑うこと。

どこかの偉大なるアーティストが過大なる表現を嫌って、ごく平凡な構図の中に愛情込めて彫った版画は、普通の版画でありながら、僕たちが日々暮らしてゆく、その生活の祈りをきっと表現している。

生活そのものを祈りと捉えたとき、普通の意味が見えてくる。

それは決して、奇抜なものではダメなんだ。

ときに倒れそうになる自分を支えているのは、ごく当たり前の生活。

子供を起こしに行くこと。弁当を作ること。職場で挨拶すること。上司に怒られること。家に帰ってくること。誰もいない部屋で静かに過ごすこと。夜寝る前に歯を磨くこと。

ハタと手が止まる朝は、人には言えないたくさんの事が胸の中に詰まっている。

人には言えない悩みを隠して、僕たちはみんな普通の生活をしている。

同じく暮らすパターンの中で、人と人は理解しあう。言えない悩みを察しあう。

相手が今日も健やかであるように。家族がみんな平穏であるように。

僕たちは、祈りながら普通の生活を送っている。

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by bigbirdman | 2007-05-29 22:54 | 独り言 |
2007年 05月 28日 |
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今月初めに泊まりに来たよめさんの友達に、コーヒーを焙煎してもてなした。
焙煎前の白い豆が、ガスコンロの炎でだんだんこんがりしてくるのを、面白そうに眺めていた。

自分で焼いたコーヒーは、時間が経つほど抽出したときの味の出方やキレがよくなる。
昨日飲んだから、およそ3週間経ったコーヒー豆は、ちょい深めまで焙煎したので、豆の油がしっとり廻り、密閉瓶に薄茶色の跡を残していた。

良いコーヒーは、丹念にエキスを抽出して、雑味を残さないように注意を払う。
通常の喫茶店で、一杯に使用するコーヒー豆の量の5倍を使って、3杯のコーヒーを落とす。
我が家のコーヒーはエキスだけを抽出するから、普通のコーヒーカップでは大きすぎる。
だから、うちではデミタスカップが、標準の大きさになっている。

昨日は、久しぶりのネルドリップ。
ネルは、布の目が細かいので、味も繊細になる。
焙煎の段階で、細心の注意を払って焼き上げた豆を抽出するには、ネルしかないとずっと思っている。そして、多分それは正しい。

オリジナルであること。それ自体には意味は無い。
ただ、生きている自分がそのことに価値を感じていることには、意味があると思っている。

コーヒーを焼き始めてもう15年近くも経ったんだなぁ・・・。
あんまり上達もしない代わりに、それほど腕が落ちたとも感じない。
何かよく分からないけれど、ずっと同じスタンスで焙煎を続けている。

よく探すと、商業ベースで焙煎を続けている、職人さんと呼ばれる焙煎師が県内に必ず一人はいるけれど、そういった方とも少し違った目的で僕は焙煎している。
僕が焙煎するのは、あくまで個人レベルの目的に過ぎない。ココロのギアーのニュートラルを思い出させてくれる、密かなアイデンティティであり、オリジナルであると思い込んでいるに過ぎない自己満足だけど、たまに来てくれる友人に提供することで喜んでもらえる必殺技(^^;。

みなさんにも、そういう何かがあることと思います。

今回焙煎した豆は、ペルーという豆。
味の強さはそれほどでも無いし、どちらかというと火が通りにくい硬い豆。
味のポテンシャルが低いからか、フレンチローストまで深炒りするのが主流だけれど、僕は敢えてそれほど深炒りしなかった。まだ20代半ばの若い友人には、先入観は不要なのだから。
ポテンシャルを決め付けて、恣意的に焙煎の度合いを決めるような、野暮なことはしたくなかった。

自由に自分の望む国を旅して、自分らしさを捜し歩いているその友人には、ペルーの飾らない雑味をもっと前面に押し出して提供するべきだと感じて、(普段よりは)浅めの焙煎で止めたんだ。

そんなコーヒーを彼女は一口飲んで、旨いともまずいとも言わなかった。

若くて正直な、自分の住処の探検家は、そうあるべきだと僕は一人納得した。
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2007年 05月 27日 |
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今日は、久しぶりにマイフィールドへ出てみた。
一ヶ月くらい経つのかな。すごい勢いで伸びまくって、野草がぼうぼうだった。

今日ざっと見渡して、ほとんどの田んぼで田植えが終わっていた。
この辺りは兼業で田畑を作っている方が多いので、先週の土日あたりでもう終わっていたんだろう。

内陸の親戚(盛岡市の隣りの旧玉山村)も先週末が田植えだと言っていたので、今年は内陸と沿岸で田植えの時期にそれほど差が無かったようです。

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2007年 05月 26日 |
昨日一日降り続けた雨が上がり、今朝は一転快晴だった。
いつもは出勤ぎりぎりまで寝ているのに、休みの朝はスッキリ早起き出来る。小学生でも無いのにと、呆れてしまいます(^^;。

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カキの葉っぱが、若々しい。

ささやかな庭の作物など
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2007年 05月 24日 |
今日はよめさんの仕事が休みの日だった。

よめさんの実家は漁業をやっていて、たまたま今朝はウニの口開け日(採ってもいい日)だったので、「手伝いに来い」と、緊急要請が掛かっていた。

僕を仕事に送ったら手伝いに行く、そう言う彼女の表情が明るかった。
よめさんは、ウニが大好き。一方僕は、あまり食べなれていない高級食材なので、それほど好きというわけでも無いけれど、まずまず好きだ。

というわけで、今朝のよめさんは朝飯も食べずタッパーにご飯だけ詰めて、実家の漁港に嬉々として下りて行ったようです。
剥いたウニの身に付いている内臓をきれいに掬い取るのがよめさんの手伝い仕事です。
そして、身の大きさによっては、売り物にならないサイズの身が出てきます。
それが彼女の狙い。一通り作業が終わると、タッパーのご飯をおもむろに取り出し、しめしめそのほとんどは、腹の中に納まったとのことでした。普段はのんきな性格のクセに、こういうところだけはしっかり(ちゃっかり)していますよね。・・・まさに漁師の娘(^^;。

あ、でも意外と漁師って、ウニやアワビを食べない。
魚介類はそれほど好物じゃない漁師さんをよく見かける。僕の従兄弟も漁師だけど、やっぱりウニやアワビを好んでは食べない。ホヤやナマコに至っては何をかいわんやって感じ。理由はよく分からないけれど、ホント意外な感じがする。

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2007年 05月 23日 |
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庭のツツジがピークを過ぎて、そろそろ下降線。
今年も大変綺麗に咲いてくれました。ありがとう。

ツツジの花って、枯れたあと、地面にこぼれ落ちずにそのままペタっと葉っぱにへばりついて茶色くなる。それを手で取りのぞいて地面に捨てる。花が終わった後、葉っぱが健やかに伸びるように。

ちっちゃな庭だけど、今年も4月から2ヶ月間、いろんな花が咲いた。
この時期にしか咲かない花、これからも何回か花期を迎える花。
じっと冬を過ごした種が、毎年きちんと育って花を咲かせる。

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2007年 05月 21日 |
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日曜日は、近所の高原でBW。
動きの速い夏鳥は、写真に収めるのが難しく、冬ののんびりした水鳥が懐かしかった(^^;。

コルリ、エゾムシクイといったどちらかと言えば2番手3番手にやってくる鳥たちの鳴き声が聞かれ、三陸沿岸もいよいよ初夏だなと思った。沖縄が早くも入梅のようなので、こちらでも、この爽やかな初夏の雰囲気が数週間すると、そそくさと湿っぽい季節へと移り変わってゆくんだろう。
良い時期は、そう長くは続かない・・・。でも、植物にとって本当に必要な季節は、初夏の爽やかさではなくて、梅雨の長雨のほうなんだから仕方が無い。自然とは関連性の無い生活が主流を占めるようになると、自分の過ごし易さだけが物差しの尺度になるけど、自然には当然無駄は無く・・・と言うところでしょうね。

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何気なく覗いた水溜りにはオタマジャクシが、うようよよ・・。
(両生類が嫌いな方は、ゴメンナサイ。)
朝昼関係なく、林道脇の小さな水路の流れ込みからは、ヤマアカガエルの鳴き声がコロロ・・コロロ・・と、眠くなりそうなまったり情緒で聞こえてくる。今年の命が動き始めた。

それでは森へ行ってみましょう。
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