フクロウくんのポンコツ的生活
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2008年 05月 31日 |
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2008年 05月 30日 |
温泉仲間の先輩と久しぶりに、仕事明けの温泉に浸かってきた。
二人とも少し熱めのお湯がお好きなので、いつでも人がまばらなU温泉にした。
岩手沿岸の施設が古い温泉では、冷泉沸かし湯がほとんどなので、あまり人が来ないお風呂はお湯を攪拌することが少なく、足し水もそれほどされていないから、お湯が熱い場合が多い。
ギリッと熱い湯に浸かりながら、「やっぱしコレダネ!」などと言いながら汗だくになった。

仕事のことや、妻のことを話しながら、のんびり湯船に揺られているのが楽しかった。

先輩のトコもうちと同じで子供がいない。さらに昨年は(結婚したてなのに)、奥さんが重い病気になったんだ。それで先輩も精神的に大分参っていて、ついぼやきが出てしまい、楽しかったと書きつつも、そのこと自体は気の毒で仕方が無かった。

「何か、ツイて無いんだよなぁ・・・」
先輩、ボソッとしゃべった。

「う~ん、ついてないねぇ・・・」
と僕。

人の苦労は、つい善意の気持ち一身で応援したくなるけれど、その人の気持ちに寄り添ってみれば、そう簡単には励ませない。多くの病気では、体がそうなってしまうことに、多分理由があるけど、そんなこと、病気になる前となった後では話し方や励まし方にも当然大きな違いがある。
だから、人と人との間には、機械的に反応してはいけないことがある。
ず~んと落ち込んでいれば、ただ「あんたは今そんな状態なんだね」ってしか言えない。




温泉に浸かって、気分も晴れたのか先輩も饒舌になってきた。
うちのよめさんが実家から、ホタテとホヤを貰ってきていたのを思い出し、先輩に「晩メシ今日は俺んとこで食おう」といったら、いつもなら遠慮したかもしれないけど「んじゃ、ご馳走になっかな!」なんて、喰いついてきたから嬉しくなった。

ホヤの刺身、ホヤのフライ。まぁ、ご馳走と言うほどではないのですが(^^;。
うちはホヤが大好きなので、この他にもホヤご飯、ホヤの味噌漬け、ホヤの味噌汁、ホヤ焼きなど、多岐に渡る調理メニューでホヤを楽しむ!

(ちなみに、本場韓国にてホヤキムチに使うホヤに岩手産が気に入ってくれたみたいで、昨年あたりから韓国の人が良い値段で買って行ってくれるからありがたいと漁協に務める親戚が話していた。その話通り、今年はホヤの価格がちょっと上がった。)

先輩とうちに帰ってきて、よめさんと3人でちょっと遅い晩御飯を食べながら、家族のことや共通の友人のことなど、いろいろ話をした。
二人で話すことと三人で話すこととで、話す内容が違うのって面白い。
人って知らないうちに話題を選んでいるから、その状況にあわせてみんなが不快にならないように、心地よくなるように、加減を調整する。上手に自分の気持ちを表現しながら。
先輩は辛い状況ながらも、みんなが一緒に落ち込まないように気を使って話をしているのが分かるから、僕もその気持ちに便乗しておバカな話をしたりして、ゲラゲラ笑いながらご飯を食べたんだ。

先輩はホヤがあまり得意ではなかったので、ホタテを食べさせた。ホヤの匂いが苦手だと言っていた。
「ホヤ好きの人がホヤが好きな理由は、ホヤ特有の磯の匂いなのに、それが嫌いなんだったら、ホヤは食べれないわけだね。」
といじわるして僕が話したら、先輩はちょっと挑戦する気になったのか、ホヤフライを一つつまんで口にした。
頭を傾けて、手のひらを額にあてながら確かめるように味わっている先輩の表情に、僕とよめさんはつい笑ってしまった。

「あ、これは食えるなぁ!」
僕たちを交互に見ながら、明るい顔で先輩が話した。
釣られて、僕たちも爆笑した。
「旨いなぁ」とか言わないで、「これは食える」と表現したところが傑作だった。

そのとき僕は、異文化を受け入れてもらったように嬉しくになって、多分TV番組ウルルン滞在記の現地人のような気持ちになった。一瞬の邂逅ってこういう気持ちなのかなって思えて、面白かった。・・・先輩の方が地元の人なのにね(笑)。



結局夜11時過ぎまで楽しく過ごした。
帰りの車の中、先輩が「なんか久しぶりに笑った」って話した。
なんも無いけど、お互いが何かをあげたいって思うことで、何かをもらえる。
「だから自分の身に起きた不幸だって、みんなで笑って吹き飛ばしちゃえ。」
そう言いたかったけど、やめておいた。

それっきり、言葉をただ口に出して消してしまうのが嫌だったから。
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2008年 05月 25日 |
「なんか見たことない鳥が勝手口から家に入ってきたよ。」

仕事中の僕に、よめさんから変なメールが入ってきた。

「どんな鳥ですか?アオジですか?」

フクロウは携帯メールだと敬語になるときがあります。

「えっとね、カシラダカ?」

「それはもう(シベリアに飛んでっちゃったので)居ません。オオジュリン?」

「違う、割と大きくて珍しい奴。」

「名前が分からないのに、何で珍しいと分かるのですか?」

「写真撮ったから、あとで見てね。」

ズコ!_л★(><)

とりあえず、一安心しましたよ。
こういうのって、散々考えても分からないと、ついモヤモヤするんですよね~。

ホオジロでした。
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2008年 05月 24日 |
昨日はいつも行く飲み屋さんで、知人Kさんと数ヶ月ぶりに出会う。
いつも出会うときは久しぶりなので、「おー」とか「ありゃぁ~」とか可笑しな挨拶を交わす。
Kさんは、店の近くにある、大手の金属工場の工場長さんだ。
中国地方の出の人だけど、大阪勤務も長かったから、関西の言葉(大阪弁かな?)を話す。

明るいんだけど、すごく思いやりがあって、決して出すぎることの無いKさんの口調なので、Kさんには安心して話が出来るから、たくさんの人が集まる飲み会で一緒になると、Kさんの周りでは面白い話に花が咲く。誰だって、ちゃんと聞いてくれる人と話がしたいですもんね(^^)。

この店のマスターっちゅうのが問題で、はっきりいって変人なので、自分の店でお客さんたちが盛り上がると、どういう訳だか対抗心を燃やす。急に輪の中に入ってきて、それをぶち壊すかのように、全然回りとかみ合わない会話に無理やり付き合せて、独演会を開いてしまう(^^;。
宴もタケナワになってくると、マスターがテーブルに近づいただけでみんなが警戒してしまって、「ほれ!オヤジ(マスターのこと)が来たぞ!」とか、「いいからマスターあっちに行ってよぉ~!」なんて、露骨に嫌われてしまう。ちょっと可哀相だけど自業自得だ。
でも、マスターもさんざんそんなめに遭ってきているから馴れたもんで、そういうときはニヤニヤして去っていく。
ま、そんな変なお店でいつもフクロウはお酒を飲んでいるのですが。

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Kさんとサシで飲むと、いい話ができる。
Kさんとは何だかんだで10年近い付き合いになったんだなぁって、今書いていて思ったんだけど、二人で飲むようになったのは、その半分、5年くらい前からじゃないかな。

いろんな社会問題にも関心があって、最初から頭の良い方だなって思っていたけど、身近なところから問題意識を持とうとする姿勢が一貫していることも、サシで飲むようになって改めて感じ入った。年齢が一周り以上も若輩者である僕の話を聞くときでも、本当に楽しそうに聞いてくれることも、ありがたい人だなっていつも感じる。仕事の悩みを聞いてもらうこともしばしばで、Kさんの工場でも似たようなことがあれば、どうしたこうしたアレコレ教えてくれる。

Kさんは職責上も忙しいので、数ヶ月に一度のことなんだけど、ちょうどそのくらい期間が開いた方が、いろいろ生活の変化もあって新鮮なんですね。


家では飲むけど外で一人で飲む人って、だんだん減ってきてますね。
せいぜい仕事の節目に職場の仲間とやるくらいでしょね。みんな仕事が忙しいから、精神的にもゆとりも無くなってくるし。。・・最近は、お酒飲まない人も結構多いし。

でも確かに仲間と飲むのも楽しいけど、一人で飲んでいてこうやって知り合いになるのは、人と人とが袖を擦れ合うような縁を感じる。
居心地の良い人間関係の間合いというのは、僕はいつまで経ってもなかなか覚えられないんだけど、Kさんからはそういうことも言外に教えてもらっている。
つっても、所詮は酒飲みのたわごとなので、しゃっちょこばった四角四面な雰囲気で飲んでるわけじゃないし、お互い言いたいこといってるんだけど、なんちゅうか、ちゃんと話の内容が落ちてゆくポイントがあって、そこへ話が落ち着いたときの沈黙や余韻が良いのかもしれない。

なかなかそこまで気を許せる方とは巡り会えるものでもないので、良い縁だなって思っているわけです(^^)。

良い縁といえば、Kさんは独身なので、マスターとママさん僕の3人で店にいるときは、ぼんやりテレビなんか見ながら、

「・・・フクロウちゃん、だれかKさんのよめさんいないかね~?」
「ん~、・・・わがんねけど、いいんだよそういうの。Kさんは。」
なんて頬杖つきながら話しています。


Kさんは要するに尊敬すべき先輩なのです。
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2008年 05月 23日 |
昨日は職場の健康診断で引っかかっていた心臓の再検査で(!)、数ヶ月ぶりに行きつけの医院で心電図検査を受けた。
数ヶ月ぶりといっても、そのときはインフルエンザの予防注射だったので、実質的には昨年の初夏の頃にヨーレン菌に夫婦で感染したとき以来だから、ほぼ一年ぶりということになる。
※ちなみにサイト検索されてる方で、このブログにたどり着かれる検索ワードの毎月の上位は、「ホタテの焼き方」と「ヨーレン菌」。ヨーレン菌っちゅうのが、自分らしくて良いなぁって思います(^^;。

一昨日がすんごい大雨だったので、「今日は混むよぉ・・」なんて、よめさんに言われていて、果たして病院は・・・、やっぱ混んでいた。
病院待合室に据付のDr.コトー(漫画)を一気に4巻くらい読めるほどの時間待たされた。(病院にDr.コトーというのも面白いですよね)

そして心電図検査。
機械の血圧計もそうなんだけど、心拍を意識するとどうにも緊張してしまい、血圧計の場合は不定期にピー・ピー・・・・ピ・・ピーなんて、まるで不整脈を起こしてしまったみたいな怪しいリズムになってしまう、軟弱者のフクロウであります。
なので、心電図ともなるとあの吸盤を胸にピタピタ付けられるだけで、何だか重病人になってしまったような気持ちになってきて、「アディオス・・・、マイライフ。。」と呟いてしまいました。

検査の後、主治医から診断をしてもらったのですが、どうやらフクロウめは人より少し変わった心臓をしているとの事でありました。

「普通はねぇ、この波形は心筋梗塞を起こしたことのある人に特有の波形なの。でもそういうの無いでしょ。だから、もともとこういう波形を描く心臓なんだよ。」

だって。
じゃあもうすぐ心筋梗塞を起こす人もこういう波形になることは無いんですか?と聞いたところ、

「ないない、30分以上胸が締め付けられるようなこと今まで無かったでしょ?・・・たまにそういう人がいるんだけど、なんにも無くてもそういう波形を描いちゃうんだよね。まぁちょっとひねくれた人ってことじゃない、ははは。」

「・・・。オレがひねくれてるんか~い!」(ココロの声)

なんて、先生に冗談を言ってもらったくらいにして、まぁ異常なしって事だったんでそれはそれでよかったんですけどね。。

昨年の秋くらいから、確かに不整脈っぽい症状が出ていたので、多分仕事のストレスから来ているのだろう程度には気にしていたんで、健康診断で要検査の結果が来たときは、正直ああやっぱりなと思った。

今は落ち着いたんだけど、あの時は常に切迫した心境での仕事が続いていて、行き場の無い不安の行き着く先を、自分でお空に返すしかない状態が続いていたので、ちょっと嫌な感じだった。春の担当換えで違うチームに所属になったので、おかしな表現だけど何だか命拾いしたように感じた(^^;。

「でも、これはなかなか良くならないから、症状自体は問題ないと思うけど毎年検診では引っかかるよ~。」
なんて、よく分からない説明を受けて、やっぱりブルーになった。

というのも、過去記事でちょっと書いたことがあったけど、10年くらい前に僕の尊敬する先輩が急性心不全で30歳で亡くなる出来事があったからなんだ。その先輩は、激務の環境コンサルに勤めながら、大学で川魚の研究も同時進行させていたタフな先輩だった。
ま、僕はそんなにタフじゃないけど、昔はそんなことがあったんで、今回何となくその先輩が、お前も気をつけろよって言ったような気がした。

あんまり夜更かししてブログ更新しすぎないようにしなくちゃ。
まったくその心配はしていませんが・・・。

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大雨が降った後の空はスキッと晴れ渡り、裏山の緑もいつも以上に輝いている。
空を見上げ、目を閉じて額を開くと、すぐ近くでウグイスがホーホケキョって鳴いた。
そしてこの時期になると、ホーホケキョに続いて”ケキョケキョケキョ・・・・”といわゆる”谷渡り”の声が響き渡る。ウグイスって、夏にかけて谷渡りが聞かれるけど、春先はまだまだ下手っぴな、ただのホーホケキョしか鳴かない。

誰かがちゃんと調べればこの谷渡りの声にも意味があるんだと思う。
例えばウグイスは一夫多妻制だといわれているから、一度にすべての巣へ訪問できないオスが、抱卵中のメスに対してちゃんと自分はここに居るからね!って、人間の男女だったら女性から「だから何なのよ!大変なんだから少しは手伝いなさいよ!」なんて当然言われそうだけど、まぁとにかくそんな感じで自己アピールしているとか、あるいはあのケキョケキョ独特の耳にキンキンする音波攻撃で、他のオスを寄せ付けない効果がある!・・・なんてね。
・・・まあこんなのは全部ウソだけど、とにかく谷渡りにはきっと何か特有の意味があるんだと思う。


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夕方になると、海からの少し冷たい風が吹いてくる。
目を閉じたまま風を感じると、何となくフレーズが思い浮かんだ。

「男は死ぬと、無機物に還る。」

な~んも根拠の在りようも無い、やっぱり嘘っぱちのこんなフレーズ(^^;。
ここでの無機物って、石や風のイメージだった。

でも、死んだ先輩はきっと風の中にいるような気がして、そんでいつでも僕を勇気づけているような、蹴飛ばされているような気がしてくるから、男と女が対になっているように、魂も有機物と無機物に生まれ変わるなんてこと無いのかな・・・って、ぼんやり考えていた。
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by bigbirdman | 2008-05-23 01:44 | 独り言 |
2008年 05月 21日 |
先日は、よめ・母・オレのお笑いトリオで、大変久しぶりに小岩井牧場に行った。

昨年だかのNHKドラマで有名になった一本桜とやらを見てきましたよ。
僕はあまりそういう名所には興味がないのですが(^^;、二人が見たいと言うので仕方なく行きました。。

でも、見てみるものですね。
なかなかの風景でした。

もちろん、もうすっかり葉っぱになっていました。
ですが、なんですかね、花が咲いているよりもこっちの方が断然良いのではないか??と思ったのも事実です。
牧草の地平線、その奥に広がる、(登山歴的には、無骨な辛い思い出しか残っていない)岩手山のバックとの間に、その木はポツンと立っていた。ただの緑の木が、それがまるで自分のココロの琴線のように風を受けていた。

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学生時代は、八幡平とこの小岩井牧場が僕の研究調査地だった。
夏と秋、この牧草地に一日中キャンプ用の椅子に腰掛けて、一時間ごとに気温と風速を測定するのが、僕の研究だった。
急に降りだした雨雲が岩手山の方へ流れて行く。
山のふもとまで行った雲が、再び僕の真上までブーメランのように戻ってくるのを観察する。
目に見えない風の動きを、気温と上空の雲の動きから感じようとした。

いつも悩みでいっぱいの自分は、いつも自分のことでいっぱいなんだ。
だから当時も、観察することを通して、いつも自分の内面を対象に投影していた。
自分の問題を自然の中に写すことで、息をついていたんだと思う。

自分の忘れっぽさ、身勝手さ、冷たさ。
執着、情念、孤立。
数えだしたらキリが無いくらいの自分が、雲と風から引っ張り出された。



おかんが子連れの若夫婦に、「記念のデジカメを撮ってあげましょう!」なんて、いつの間にか親切にしていた。おかんからカメラを渡されて、「ハイポーズ!」と僕が写真を撮ってあげた。
シャッターを押して液晶を見ると、メモリーが一杯の状態だった。あれ?今の写真写ったのかな??
でも、その若夫婦は、「あ、最後の一枚だったみたいです~、ありがとうございま~す。」
なんて、もしかしたら写っていないかもしれないのに、かえってご親切に感謝の言葉を口にしてくださった。
ステキなご夫婦だな・・・って、僕の方が暖かい気持ちにさせてもらった。



広い風景の中で、ただ凛と立つものに魅かれる。
雪原の寒立馬、農耕地の古びた作業小屋。
そして、風に立つ一本の木。

かつて僕が自分で一杯だったとき、この地で感じていた僕というものは、単なる僕の中心核の一部である。真実かどうかは知らんけど、本当は一人では生きてゆけないことを、あのときよりは分かっている自分が、今この場所で感じた僕というものは、中心角を包んでいる他者との間に居る自分である。

小岩井の一本桜が素晴らしかったのは、多分、たった一本で風、空、大地と繋がるその姿に、いつか自分もそう在りたいとポンコツな毎日の中で願っているからなんだ。


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2008年 05月 17日 |

最近、午前中が暖かい日は、決まってお昼過ぎには海からの冷たい風が吹いてくる。

母親の実家がこの町にあり、小学生の頃東京から遊びに来ていた僕は、今思えばこの冷たい風が苦手だった。
夏場でもお盆を過ぎれば、夜はグンと冷えてくる。
僕は祖母の家で、夜寝ているときに突然ひきつけを起こしたことが度々あった。
今思えば、この気温差からそうなったのではないかと考えている。(違うか。。)

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午後から吹いてくるこの冷たい風で、海面直上の水蒸気が凝結して、あっという間に霧の海に変わる。一昨年、鳥を見るために、小さなサッパ船で20kmくらい沖に出たことがあった。
あの時も帰りの海上でどんどん霧が立ち込めてきて、船頭さんも方位磁針とはるか遠くにようやく見えてきた山のみねの形を頼りに操縦し、乗っていた僕は少しハラハラした(^^;。

この冷たい風には、ほんの少しだけどヨード臭がして、僕はその臭いをかぐと過去の風景を思い出す。
そして、臭いほどしっかり記憶に結びついていることも、不思議なことだと思う。


山の風は草木の息吹の臭いを運び、海風がヨードの記憶を運ぶ。
その風が交錯する町で、僕は生活している。

生きてゆくこととは、風に記憶が刻まれてゆくことかもしれない。

そして、その風の臭いは、なぜか僕に変化したい衝動を抱かせる。

なぜか分からないけど、それが自分にとっての春なんだと思う。
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2008年 05月 16日 |
この間の日曜日に盛岡へ行ったとき、フクロウ家夫妻が関心のある”フェアトレード”の催しがアイーナというビルで開催されていた。
今ではフェアトレードの名前は認知度が高いから、もう普通に使ってもいい言葉だと思う。
花巻市によめさんが好きなフェアトレードの店があって、そこの店主さんも参加するとのことで、夫婦で見に行ったのです。

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おかんを温泉に連れて行って、そのあと行ったら、もうイベントピークの時間が過ぎていたようで、お客さんも出店もまばらな状態でしたが・・・(^^;。
でも、よめさんは尊敬する花巻のお店のカリスマ店長さんと話が出来たので満足そうだったので良かった良かった。

フェアトレードって、僕のイメージでは、文化的に珍しい衣服やブローチとか、いわゆる民族調の小物類の販売が多くて、極端に言えば購入層がある程度限定されている世界だなって思っていた。だから、何か違うものでも扱っていないのかなぁ・・・って思っていたんだけど、今回もそのイメージの延長上での印象だった。残念ながら。

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僕は、今のモノの流行りって、80年代のPOP歌手ブーム「カッワイ~♪」の延長で捉えている面がある。でも時代そのものは、その時々の流行要素が繊維の一本一本となって紡いでいかれるものであることに、別に異論は無い。

よめさんは、アジアあちこちの多国籍な農業有志が集まる研修所で、賄い食事係のボランティアをしていた経験から、有機農業や途上国の生活事情等に一見識を持っていて、僕もそれに一目置いているところがある。
そんな目利きのよめさんをもってしても、今回一緒に、フェアトレード展を見て思ったんだけど、彼女も何となくフェアトレードのもつある種のムードに盲目的に好感を抱いている印象を、・・・僕の思い込みかもしれないけど、感じた。

発展途上国の人たちの自立のために、日本よりもさらに厳しいジェンダーや社会的階層の向上を目指して、フェアトレードが発展してきた。
その歴史は賞賛に値する素晴らしいことで、そのために多くの人たちが心を砕き、知恵を出し合ってきたことと思っている。

そういった途上国の友達を多く持つよめさんは、肌の感覚で彼らの貧困を感じているからこそ、思いの丈もあって、日本でのフェアトレードの発展に関心を持って見ていたんだろうと思う。
そのこと自体、何も問題なんて無い。

でも、僕が会場を見て歩いて、う~ん・・・やっぱり僕なりに府に落ちないモノがあるのも事実だったんだ。

よめさんは僕が思ったことを理解するのに時間がかかったけれど、僕はそれはすごくシンプルなことだと思っている。それは、値段が高いっていうこと。

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                               これが話の発端となったフェアトレード商品(ゴメンネ)。

溜まってゆく新聞や週刊誌などを収納するための麻で出来た袋が、2,700円で販売されていたのが夫婦議論の発端だった。
二人の話は、”工場生産”というものの効率の高さ、人的生産力、貨幣価値のシーソー構造、平等に発展することの意義や必要性、多岐に広がっていった。
二人でポンチ絵を描いて、商品が流通するまでに必要なコストの概念の共通化を図り、NGOと商社の違いを(勉強不足ゆえ)簡素ながら象徴的に捉える努力をし、たとえNGOを持ってしてもなお、アイーナで眼前に見た価格の違和感と言うべき高さ(実際フクロウ家はそこでは何も購入せずに有機豆コーヒーを飲んだだけだった)に、どのような受け入れ方をするべきなのか、一生懸命思いを議論しあった。

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僕の中ではフェアトレードに対する考え方に軸が一本だけあって、それは、価格に違和感を感じるときは購入しないということ。
よめさんは貧困や弱者に対するイマジネーションが、僕よりも経験的に直感的に豊かだからその違和感に寛容で、その違和感をもっても余りあるフェアトレードの価値を感じているからこそ、僕の軸に反発したい衝動があったんだと思う。そしてそれは、人として優しさに属する衝動だとも思っている。

構造的な欠陥や、思想的な逡巡の不足から来る欠点は、そこを突き詰めてゆくことでより素晴らしいものに必ず発展してゆく。だからこの僕の軸を、(セコイ奴とは言わずに)頑張って好意的に受け入れてもらえるとすれば、、しがない僕の貧乏根性を満足させてなお途上国の貧困解消の一助になるときがくるのだったら、そのときのフェアトレードシステムは、今よりもっと良くなること言うまでもないですね。
この発展してゆくべきであるという文脈において、Aというフェアトレ商品の価格的な違和感に鈍感になってまでも優勢な、”かっわい~い♪”が生み出す流行に、僕は否定的なのです。

残念ながら、国外産品である希少性を前面に打ち出すには、ハッキリ言って価格の割にはつまらないものが多いと僕は感じていて、同じお金だったら直接寄付した方が役に立つような気がしているのです。
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2008年 05月 11日 |
連休の盛岡訪問では、アマツバメを見ることが出来た。
ブーメランが空を飛んでいます。
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もちろん鳥に合わせて天候が変わっているわけではないけれど(笑)、アマツバメにはやっぱり雨のイメージがある。
雨のシトシト降る河原で、ヒュンヒュン飛びながら羽虫を取っているツバメのイメージがぴったり合っている。

そういえば、調べてみたら2年ちょっと前、アマツバメを一晩だけ保護したことがあったっけ(^^)。
多分、あのときは幼鳥だったから、平均寿命からみても、あのアマツバメは今もどこかで飛んでいる。あのときのアマツバメ、当時使っていたニコンのデジカメで、どアップ撮影されちゃって、今思えばちょっと可哀相なめに遭わせてしまったかも・・・(^^;。

なんだか、月日が経つのは早いですよね~(笑)。
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2008年 05月 09日 |
この間の週末は、東京から知り合いがやってきたので、盛岡名物のじゃじゃ麺を食べに行くかという段取りだったんだけど、僕の気が向かず急遽取りやめにして、当日西根町「道の駅」で買ってきたとれたて山菜尽くしにすることにした。
母のマンションは狭いので、大人5人が居間に座ると、もう一杯。
小さい座卓を囲んで、昔の話をしながらフクロウ手作りの山菜料理を食べながらお酒を飲んだんだ。

ボウナ、シドケ、タラッポ、ウコギ(これ初めて食べた)。
タラッポは天ぷらにもする。
母はタラッポを初めて食べて、気に入ったようだった。
ウコギはよめさんの発案で、コレも今が旬のシラス釜揚げと和え物にしたら、ウコギの味わい深さを絶妙に引き立てていた。
たらふく飲んで、楽しく話した5時間を過ごした連休の一日だった。

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みんなよほど楽しかったようで、東京の知り合いは帰京してすぐに母へ連絡を入れて、また山菜が食べたい食べたい食べたいと、感激していたとのことだった。

よめさんは調理師免許を持っているので、料理は上手い。
でも、たまには夫の手料理も良いもんでしょ!?
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