フクロウくんのポンコツ的生活
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2009年 02月 28日 |
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2009年 02月 27日 |
最近のスーパーでは、海藻類のフノリやマツモが多く売られている。
職場の同僚で実家が漁師をしているお宅では、お裾分けでご相伴に預かったりもする。

今日立ち寄った道の駅でも一パック180円で売られていたので、週末に盛岡の親戚たちにあげようと思い立ち、多めに購入した。旬のものだから、安くても結構喜ばれるんですよね。道の駅に魚介類というのも面白い。

最近は道路工事が多くて、国道で交差待ちしているときに、何気なく脇を見るとクマザサが生えていた。
クマザサも岩手沿岸南部まで下がってくると、多く見られるようになる。あとは、竹林もそう。
僕の中ではクマザサと竹林が生えている場所は、暖かい地域というイメージがある。

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ブログにもよく出場していただいてる隣りのおばちゃん(といってももう75歳を過ぎているけど)は、民間療法にも詳しくておばあちゃんの知恵袋なんだ。一昨年、おじちゃんが膀胱がんで亡くなったんだけど、そのときにこのクマザサをどこかから取ってきて、利尿作用があるからと言って、毎日煎じて飲ませていた。そういう知識に長けているから、他にもいくつかやっていたんじゃないかと思っているんだけど、おじちゃんはQOLも高い状態で、あまり痛がらずに入院することなく亡くなった。
・・・と、おばちゃんとお茶のみしているときに、そんなことを聞いた。

ひとつのことに長じてくると、他の性質の問題でも、その根っこの部分で繋がって、知らないことでもそれほど間違えることなく、イメージを持つことが出来るようになるんだと思った。

ひとつのことをずっと学び続けることが、全体を理解することへ繋がってゆくのが面白い。
そもそも好きなことを学び続けること自体面白いことだから、要するに、面白いことが面白いことに繋がっているんだろう。

毎日の生活は、そんなに良いことばかりではないけど、ひとつのことをプチプチと続けていくことは、それほど詰まらないことでは無いとも、思う。
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by bigbirdman | 2009-02-27 01:29 | 独り言 |
2009年 02月 25日 |
町ではすっかり溶けたものの、空から降ってくるものはまだ雪混じりで、風は硬い感じがします。
でも週末に鳥を見ていて、ようやく水がぬるんできたような気がしました。
1月の海や川は、変な表現だけどトロトロしていて、水に粘り気があるような印象を受けるんだけど、最近はトロトロがサラサラになってきた。そして町が水蒸気に包まれるように日中白っぽくなってくると冬も終わり、春になってきます。春霞(はるがすみ)ってこれかな?
実際、暖かい日にはもう水蒸気で白っぽくなってきているんだけど、これからもっと暖かくなってくると、もっと分かるようになってくる。そしてウキウキしてくるんですね(^^)。

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カモメはまだお休み中。ゆっくり休んで春から頑張ろう!(←何を?)


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漂う川面の流れも伸びやかに。カモたちも、はしゃいでいるのを度々見かけるようになってきました。


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もうホオジロは囀り(さえずり)を始めていましたよ。早いですね~。やる気満々ですな(←何を?)


この1週間の間に、虫にも動きがあったのか、今日は職場の裏山でシジュウカラが一生懸命地面をほっくり返してました。オス同士で追っ掛けっこしているのも、春っぽくなってきたような気がして。。いいぞいいぞ!

もう思い込んだら、何を見ても春らしく見えてきますな。
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2009年 02月 24日 |
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日曜日は地元の猛禽類調査だった。
猛禽類って、ワシとかタカの仲間のことです。

久しぶりにイヌワシを見ることが出来たので、大変満足の行く鳥見でした。
でも、望遠鏡でやっと分かるくらいの距離だったので、残念ながら写真は諦めてました。

その代わりの写真はミサゴという鳥で、魚を食べます。調査中に上空を飛んでくれたので、急いで撮りました。
魚を食べるから、一年中見ることが出来ても良さそうなのに、11月くらいからこの鳥は、パタリと姿を消します。そして、早い時期では1月後半、遅い年は2月の中旬頃にまたフィールドに戻ってくるのです。・・・どこに行ってるんだろう?

大切そうにしっかりと両足で魚を掴んでいますね。
いつもしっかりと掴んでいます(笑)。

鳥はいつも、食べることに一生懸命。でも、よく考えると、僕たちもそう。
一番大切なベースの部分は、何も変わらない。

偉そうに悩んだり語ったりしていても、腹が減るんだ。
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2009年 02月 24日 |
今朝、起きると雪だった。
暖かくなったと思いきや、急に冷え込み積雪。
これが、”まだ2月”ということなんだと思った。

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重い色調の雲から、モソモソと雪が降っていた。
でも午後になって雪がやむと、空気中のホコリも地表に落ちたようで、遠くの山の木々が雪を被っている光景が美しかった。

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昨日は、鳥関係の仲間が家に泊まりに来て、宴会になった。
毎度毎度のことながら、楽しさの余り痛飲してしまい、二日酔いで午前中は具合が悪かった。orz
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2009年 02月 22日 |
一昨日の明け方に短時間で積もった雪だけど、日中の気温上昇で大雨に変わり、ほとんど溶けてしまった。
朝方雪かきしたのに、帰ると道路の端のほうだけ、申し訳程度に積雪の後が見受けられるだけだった。
「な~んだ。雪かきして損した。」
そんな天気だったので、窓から大雨を眺めつつボソッと職場でつぶやいたら、周囲の同僚も頷いていた。
みんなも雪かきお疲れ様でした。


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土の匂いに誘われて活気付くツグミ(ちょっと眠そう)

暖かいから雨が降った。
温かい水は、土壌の何かの目を覚まさせるのだろう、急に土の匂いが立ち始めたような気がした。
ツグミが一生懸命休耕地の地面をほっくり返していた。あまりに懸命なので、見ていて軽く声に出して笑ってしまった。
いっぱい食えよ。


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せっかくの採餌中にうっかり飛ばしてしまったヒドリガモ(口の周りにお弁当つけております)

ヒドリガモも春先は最後の方まで残っている鳥ですね。ヒドリガモ”も”と書いたのは、県内ではツグミも案外遅くまで残っているから。何日か前のエントリーで、ツグミの北紀行がもうすぐ始まると書いたけど、ちょっと格好つけて書いた訳で、本当は4月くらいだったら結構見られるのでした(^^;。

大きな地球の変動にフィットさせて、鳥たちは素直に生活を営んでいる。
その変動の先にあるものは・・・、なんなんだろう。
でも、自然のサイクルが変わらないことが一番だとも、、思わない。
どういう風に遷移していくのかが大切だとは、思っている。
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2009年 02月 19日 |
静かな里山風景に風が吹いている、それ以外の音がない世界だった。
枯れ枝一本一本が春を待っている。
目をつぶって、自意識を風景にやつすようにすると、枝一本の気分が分かるような気がした。

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世間では、千の風の歌が流行ってから、法事や葬儀にこだわらない人たちが増えてきて、墓石屋さんや仏具産業の景気が落ち込むと言う社会現象が起こっていると、何かのニュースで読んだ。
でも、こんな風景を見れば、自分が死んだらお墓の中に入っているなんてあり得ないと自然に思う。



死ぬときって、意識がどうなるんだろう。
言葉は限界があるから、感覚でイメージするんだけど、やっぱりよく分からない。
でも、自分っていう意識が自分の体から乖離しても、心地よいものを求めている自分の本質は何も変わらないような気がする。。

ゲラゲラ笑いながらカクッと死ぬんじゃないかな・・・なんて、自分の願望を想像に載せている。


生きているって、こだわりの所作だから、自分が今大切に思っていることに全力で向かっていたい。
自分のこだわりが無くなって、途方にくれるときまで。

鳥を通じて、これからもたくさんの素敵な人たちと知り合えること。いつか美味しいコーヒー屋をやってみたいこと。大切な家族が一緒にいてくれること。そうやって、エッチラオッチラみんなで暮らしているこの世界が、本当は素晴らしいものであると思いたい。
・・・そう思える強さがほしい。
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by bigbirdman | 2009-02-19 23:30 | 独り言 |
2009年 02月 19日 |
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日が長くなってくると不思議なもので、時間の流れまで緩慢になったような気がする。

色彩の落ちた夕暮れの内湾で、風が静かになり夜が始まりつつあった。

夕暮れの最後まで鳴くツグミの声。きっともうすぐ、彼らの北紀行が始まる。
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2009年 02月 17日 |

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荒れ模様の昨夜とは打って変わり、こんな青空の一日だった。
日中の温度の上がり方に、日差しの強さが戻ったような気がした。

まだ風は冷たく重い。
でも、荒れ模様の後の晴天。

春へ。
まるでフイゴのように、ギッタンバッタンと寒暖を繰り返しながら、徐々に温度が上がってゆく。

まだ5ミリ程度の梅の蕾も、あと何日かで花を咲かせるだろう。
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2009年 02月 16日 |
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ネコヤナギはいつも人知れず。


30代というのは不思議な年代で、PC操作の熟練一つとっても若者と老年(ときには中年)の真ん中に位置している。それゆえに、年長者からは職場でもプライベートでも変に頼りにされる。

職場で感じることだけど、若者はPCをいじることが出来ても、そもそも自分がやっている仕事や研究のプライオリティ(優先順序)にどうしても自信が持てない。一方老年は、それなりに培ってきた経験があるから、そっちには自信があるものの、PCはチンプンカンプンだ。

プロ野球では、最近はシーズン打率3割に届かなくても、本塁打15本、60打点も打てるようなクラッチ(繋ぎ)ヒッターというものの存在価値が高まっている。
それと同じような現象がサラリーマン界でも展開しているといえば、スポーツ好きには分かりやすいのかも知れない。
PCの専門用語は、一般名詞化する世代を限定する。若者と30代では通じる用語が、若者と老年では、もう一つのクッションが必要になる。ここで30代。ようするに翻訳機能が優れている人材は、ここでいうクラッチヒッターに当てはまるんだと思う。

翻(ひるがえ)って自分の職場。生憎僕はHPも作ったことはないし、PCの専門用語も辞典を引かないとイマイチ自信がない、ヘナチョコクラッチヒッター(打率2割4分、本塁打3本、打点30くらいか)だけれども、口がうまいので何とかクラッチしきれているような30代だ。

職場のPC環境は、翻訳者が網の目状に絡まりあって、エッチラオッチラ進んでゆく。
PCは、基本の作りが決まっているから、そこから口実を紡いでゆけば大抵の先輩諸氏には理解してもらえる。もちろん僕自身の理解の範疇を超えての説明なんて出来ないから、本当に理解している人から見れば、僕に分からせるためには、僕が老年の役割をしなくてはいけない程度の説明なんだけど(笑)。

でもそうやって、上司も少しずつ理解してくれるのも事実だ。PCは、所詮機械だから、身体で覚えた職業感覚を凌駕しない。だから仕事の出来る上司ほど、PCの理解力が高いような気もする。

まぁPCのことはさて置いても。
本当に必要な、理解され引き継がれてゆくべき事柄は、いつの時代も本質的な部分であって、なおかつ少し古臭いものなのかもしれない。
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