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フクロウくんのポンコツ的生活
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いっぱい花が咲くかな?
2007年 02月 21日 |
この間見学に行った、「世界の椿館」で買ってきたツバキの苗木から、つぼみが出てきていた。
今日帰ってきたら、咲いていた。
部屋の中は暖かいからね。(ホントはすきま風ビュービューだけど・・・)

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一緒に鳥の調査をしている博士が、ここ最近ずっとスランプに陥っている。
数年前までは、鳥類保護にとって重要な成果をバシバシ発表していたのに。
自分が勢いを持って時間を過ごしていると、やっぱりだんだん周りの風景が見えなくなってくる。
人って、そういう生きものだと思う。そして、人の勢いって、ひとつアヤが付くとゴロゴロと落ちていってしまうことってあると思う。
最近ずっと、博士はそうだったんだ。

僕のアマチュア自然観察者としての鳥に対する気持ちは、まぁ鳥に対して向けられているものだ。だけど、もっと見つめなくちゃいけないのはそこじゃない。勝手に僕が思っているだけなんだけど。

鳥は論文は読まない。当たり前。
論文を作ることは大切なんだけど、論文だけに執着すると本質の足場を失う。初心も忘れる。
だから、グループで何かを行うときには、それ以上に、人と人のつながりを大切にしなくちゃいけない。

論文を書けることは幸せだ。でも、どうして論文が書けるのか。データは自分ひとりでは取れない。共同調査者にも研究者の卵はいるだろうし、自分が忙しいときにかわりに仕事を休んでも調査に出てくれる片腕だって必要。つまり、みんなでココロを繋いで一つのことに熱中していることを忘れちゃダメなんだ。

博士はちょっと成果を焦ってしまった。
少しだけ目が曇ってしまった。そして、そのミスが何度か続いてしまったんだ。
今、グループの輪は消えつつある。
人はある程度の年になってくると、過去の経験や実績に伴うプライドが悪いほうに邪魔をして、眼差しが衰えてくる。一本道にぬかるみができてくる。
そして、自分の内面から外に向けて発射されるべき直感のレーザーが、ココロの領域を出る前に自分自身の想念に邪魔をされて拡散してしまう。

僕は、厳しい後輩だ。
自分自身を棚に上げて、博士に自分が思っていることをウルサイくらい言葉にする。
本当に批判するときは、これで終わっても仕方が無いくらい真剣に批判しなくちゃいけない(どうかな?)。批判は、冒涜とは違う。罵倒や嘲りや卑怯とも違う。
同じ心根を共有しているという思い込みが無いと、批判にならない。
僕は博士を批判した。しばらく音信不通状態が続いた。う~ん、またこんなネタか・・・(^^;。


正視。
ときに自分と自分以外の人間は、矜持を補完し合う。
辛い時の自分は、出来るだけたくさんの仲間に見せておいたほう良い。

僕たちは、無意識のうちに相手の思考の遍歴を、一緒に旅していることがあるから。
何気なく放った一発のジャブが、相手の正気を呼び戻すことがあるから。

何故か、沈んでいる自分には、沼の底って見えない。
何か知らんけど、崖から落ちてゆく自分の、すぐ横にある太い枝が目に入らないんだ。
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今日、しばらくぶりで博士から電話があった。
そして博士は、掛け違えたボタンを一つ一つ留め直す作業を始めていた。
「何だか、忙しいんだよなぁ・・・」とボヤキながら。

ここから先は、僕の出番だ。
ひょうきんフクロウが、みんなのココロをちょっとずつ呼び戻しましょう。
なんちゃって。

壊れかけたグループは、完全に元に戻るかは分からない。
今日書いたことだって、みんなそれぞれのステップがある。
ずっと先を進んでいる人だって、いっぱいいる。

・・・進むベクトルの足並みさえ揃っていれば、それでいいんだ。

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今度は、僕が落ち込んだときにジャブをもらおう。
博士と僕は、そうやってやってきたんだから(^^)。




博士に読まれたら怒られそうな、生意気な助手の独り言です(^^;。
by bigbirdman | 2007-02-21 22:34 | 生活の中で |